cyborg’s blog

たまに更新します。

圧力による公文書書き換え

財務省の書き換えが問題になってますね。

結果を見れば、当然やってはならないことなのですけれど、今の情勢を見るとなんか仕方ないよね、という気持ちもあったりします。

 

森友問題に関しても、本人たちに特に瑕疵のあることをした意識はなかったんじゃないかなぁ。

 

書き換え前のもともとの文書を見れば、特に過失があるわけでもないというのが大半の意見ですよね。

 

にも関わらず書き換えたのはアベさんへの忖度だとか、佐川さんの国会答弁との整合性のためだとか言われていますが、まぁなんて言うんでしょう。

私には結局のところ、悪いのは政治家に見えちゃうんですよね。

 

これは指示をしたとか忖度されるほどのものがあったというようなものではないと思います。

 

問題がいつの間にか、国会等における発言と文書に整合性があるかないか、というところに向かってしまったところにあると思います。

 

通常、発言者は膨大な文章の内容を全て把握しているわけではないので、細かいことを聞かれれば記録文書との整合性はとれない状況が出てきても仕方ないですよね。

 

整合性がそこまで重要ならば、AIでも導入して文書をそのままコンピューターに読ませればよいだけではないか。

 

それを人にやらせておいて、いざ、間違っていたら、野党議員を中心に「虚偽」、「虚偽」、「虚偽」、「嘘」、「嘘」、「嘘」という言葉が飛び交う。

 

そこまで整合性が重要で、間違ってたら「悪」と判定されるならば、書き換えしちゃう人の気持ちも分かりますよね。

で、それが発覚したら「改ざん」「改ざん」。

 

私、これまで生きてきて、「虚偽」とか「改ざん」なんて言葉を日常(プライベートでも仕事の中でも)で使ったことってないんですよね。これってもはや今話題のイジメのレベルも超えてるような発言じゃないのですかね。

 

本当に人格を否定する言葉で、軽々しく使ってはいけない言葉だと思うんです。

これを言われる人の気持ちになってみたら、どう感じられますかね?

 

そして官僚のクビをとることを議員たちは目的にしている。

クビをとるというのはまさしく実際のところは仕事をクビにすると同じことなんだよね。たとえ本人による依願退職だったとしても実際はクビですよね。

 

官僚で高給もらってきただろうし、クビになって生活に困らないかもしれないし、あるいは次なる就職先もすぐに見つかるかもしれないけど、でも人の職業を奪うことの重大さを国会議員は分かってるのですかね?

準備も何もなしにいきなり職を失うわけです。

 

もう、発言食い違いからここに至るまでは負の連鎖ですよね。

 

文書の書き換え(これを正当な手続きを踏んでいないため改ざんと言うにしても)は、もし自分10人いて当事者だったら、4~5人くらいはやっちゃうんじゃないかな。

 

本来、変えなくてはいけないのは官僚の組織・仕組みではなく、虚偽とか改ざんとか人格否定につながりかねない発言を軽々しくしちゃう政治家を当選させないような選挙の仕組みの方じゃないのでしょうか。

 

野党が人格否定ではなく政策否定をしっかりできるようになれば、多くのことが解決されると思う。

やむにやまれぬ不正行為もかなり減るのではないですかね。

 

文書との整合性がとれない発言をどうしても「虚偽」ということを言いたいならば、国会で発言する人に対して1年以上の準備期間をあげないといけないかと思う。

そんなことしてたら「さっさと出てこい」と言うし、さっさと出てきて「わかりません」と答えたら「しらばっくれるな」と言うし、本当にどうしちゃったんですかね?

 

議論の応酬で、政策に不満があることだってあるでしょう。しかし、その時に人格否定のような発言、威圧的な発言を最初に行ったものは厳しく罰せられるようなそういう仕組みを作りませんか。

 

国会論戦とか見てても、本当に気分が悪くなることが多いのです。